前回の記事では「バンドアレンジを前提とした作曲手順」を書きました。
作曲者がイメージする各楽器の演奏を一人で全て録音しておき、そのデモ音源を事前にメンバーに聴いておいてもらえばスタジオでのアレンジ作業がスムーズに進むというのが主な内容です。
そのデモ音源は、どれくらいの完成度まで作り込むのが正解か。
デモ音源を作り込むことのメリットとデメリットを書いていきます。
【前提】ポイントはチームでの作業だということ
デモ音源をどれくらい作り込むかのポイントとなるのが、スタジオでのアレンジ作業がメンバーとの共同作業だということ。
各メンバーが得意なことは何か、どういった性格か。
作曲者が得意なことは何か、できないことは何か、作る曲の強みはどこか。
そういった諸々を総合的に見て判断していくことになるので、バンドの数だけやり方を考える必要はあるのですが、ここでは主に「どのバンドにも当てはまること」を中心に書いていこうと思います。
オマケ程度に僕自身の事例を挙げて細かいやり方についても解説します。
デモ音源を作り込むことのメリット
アレンジ作業が短時間で終わる
デモ音源を作り込むことの最大のメリットはアレンジ作業が短時間で終わることでしょう。
デモ音源の完成度が高ければ高いほど、スタジオでのアレンジ調整の作業はスムーズに進みます。
メンバーはデモ音源のフレーズをそのまま弾いて、その上で個々人が自分のスタイルに合わせて多少アレンジをします。
デモ音源の時点でアレンジの整合性がとれていれば、一回のスタジオ(2〜3時間)で完成まで持っていくことができることもあります。
社会人のバンドや遠距離バンドなど、メンバー全員でスタジオに入る機会が限られているバンドにとっては「短い時間」「少ないスタジオ回数」でアレンジ作業が終わらせられるかどうかは重要になってきます。
作曲者が持つ「曲のイメージ」がそのまま残る
各プレイヤーがデモ音源とほとんど変わらない演奏をするということは、作曲者の思った通りの曲になるということ。
もしデモ音源が「コードストロークのみのギター」と「歌」しか録音されていないものだとしたら、スタジオでバンドメンバーとアレンジを作っていくことになります。
その場合、作曲者の頭の中にアレンジの完成図がなんとなくあったとしても、各メンバーに明確に伝えていかなければアレンジは完成に近づくにつれ徐々に想定していたものとは違う方向にいってしまいます。
作曲者の頭の中にアレンジの完成図がかなり明確にあったとしても、スタジオで各メンバーに口頭で伝えていったところで100%伝わりはしないでしょう。
「口頭で伝える」のと「録音されたものを聴いて再現する」では、わかりやすさが雲泥の差です。
各楽器のやるべき演奏を事前にデモ音源に録音しておけば、各プレイヤーはそこから大きく違うプレイをすることもないので、ほぼ作曲者のイメージ通りのアレンジに固まるはずです。
デモ音源を作り込むことのデメリット
作曲者の想定内(作曲能力内)のものしかできない
メリットで書いたことの真逆のことを言うようですが、デモ音源を作り込むことで、完成した曲は作曲者の想定内の作品になってしまいます。
作曲者の考えた通りのアレンジになるということは、作曲者の個性がそのまま曲に反映され、作曲者が表現したいことが曲の中で活かされるということではあるんですが、作曲者の想定した以上のものが生み出されることはありません。
作詞・作曲・ライブでの演奏が一人で完結する活動をするアーティストならそれでいいのですが、バンドメンバーがいる複数人での活動をする場合は、作曲者以外の(バンドメンバーの)力を合わせることで、作曲者の想定以上の作品を作り上げることができます。
作り込みすぎない「余白」が可能性となる
アレンジ作業をするにあたって、事前にデモ音源を作ること自体は悪いことではない*1のですが、そのデモ音源を「作り込みすぎない」ことで、メンバーが自由に遊ぶ「余白」ができます。
その余白が大きければ大きいほど、余白を埋める楽器のメンバーの裁量が大きくなり、デモ音源作成時に作曲者が想像していたアレンジよりクオリティが上がる可能性が出てきたり、その上がり幅が大きくなったりします。
その想定外の「余白」の部分にこそ、「作曲者の作曲能力以上」のアイディアが生まれたり、曲の魅力を高めてくれる可能性が生まれます。
「余白」の作り方は、メンバーのタイプや作曲者の能力次第
「フレーズは決めてもらえると楽」というプレイヤーや「自由にやらせてほしい」というプレイヤーなど、バンドメンバーの中にも色んなタイプがいることもあります。
バンドメンバーの中でどちらのタイプかわかっている人がいる場合は、その人に合わせてデモ音源の時点でフレーズをバッチリ作り込んであげたり、自由にやってもらったりしてもいいと思います。
また、作曲者自身が得意な楽器かそうでないか、というのもポイントになってくるでしょう。
作曲者が得意でない楽器で、「なんとなくこんなもんか」と適当に当たり障りのないフレーズを作るくらいなら、思い切って本職のメンバーに丸投げするのも一つの手です。
【注意】曲の個性を担保する「核のフレーズ」は伝えておくこと
引き続き各プレイヤーの裁量の話になりますが、「余白」以外の「作り込んでいる部分(フレーズ)」についても、デモ音源と全く同じプレイをメンバーに要求するのはメンバーのプレイヤーとしての個性を殺すことになります*2。
基本的にはデモ音源通りにプレイするというのが前提ですが、その上で各プレイヤーが「こっちの方がいいんじゃないか」「こうすると面白いんじゃないか」と微妙にフレーズやノリを変えた方が、曲としてもバンドとしても生き生きとしていきます。
そこで注意するのが「曲の核の部分」を伝えておくこと。
各プレイヤーが自分の裁量でフレーズをアレンジしていくと、時に「こんな曲になるはずじゃなかったのに…」と、作曲者が想定した曲の雰囲気と変わってしまう可能性があります。
それを避けるために、デモ音源で作り込んだ各楽器のプレイの中でも「このイントロのギターのフレーズが曲の象徴」「このベースのリズムが曲の雰囲気を作っている」というように、曲の魅力だったり雰囲気だったりを担保している「核のフレーズ」をメンバーに伝えておくことが大事です。
「デモ音源通りすべてカッチリ弾いてください」というのは上記の理由で基本的には避けたいので、「このフレーズだけ変えないでもらって、他はデモ音源にあるフレーズに近い感じで適当にアレンジしても大丈夫なので」というようにメンバーの方にお願いして、核の部分を残しつつも、メンバーに裁量も残しておくというがいいと思います。
曲の核の部分で作曲者の個性が残りつつ、それ以外の細かい部分ではプレイヤーの味を出してもらう。
この方法が上手くいけば、そのバンドメンバーでやっている最大値の"良いアレンジ(作曲)"ができるはずです*3。
僕のバンドの場合のデモ音源の作り込み
作り込みの度合い、「余白」をどう作るかはバンドメンバーと作曲者の関係次第ということを書いてきましたが、具体例があるとわかりやすいと思います。
僕のバンド*4の曲を実例に挙げて紹介します。
この曲を作ったのは去年の9月頃。
当時のメンバーは僕がギターボーカルで、他にギター、ベース(&コーラス)、ドラムの計4人。
作曲者は僕で、この曲のアレンジ作業をするスタジオに初めて入る前日か2日前くらいに僕がデモ音源を作って事前にメンバーに送っていました*5。
デモ音源の作り込み具合
デモ音源に録音しておいたのは以下の4つ。
- ザックリしたドラム
- 割としっかり作り込んだベース
- コードを弾くだけのアコースティックギター
- 歌
録音した歌とアコギは僕が担当するパート。
ベースについてはしっかりと作り込みました。
というのも僕は9年くらいベースボーカルでバンドをやっていたので、ベースはどうしても作り込んでしまいます。
特にこの曲についてはベースがポイントとなっているのもあって、余計にしっかり作ったというのもあります。
ドラムはザックリと「こういうノリ」というのを提示するだけの雑な感じ。
そしてリードギターについては録音全くなし。完全に空白。「余白」を超えた「空白」。
上にも書いた通り僕はベーシストなので、リードギターを考える能力があまりありません*6。
曲の核
曲の核になるのは何と言っても「Aメロのベース」。
アコギのコードは上辺でチョコチョコやってるだけなんですが、ベースがグッとコード進行に深みを持たせて、リズムもリードしてくれています。
「Aメロのベース」についてはメンバーにも変えないでもらうようにお願いしました。
Aメロ以外はデモ音源のフレーズからちょこちょこ自由にアレンジしてもらっています。
ドラムは「ノリ」意外自由
ベースが決まると必然的にドラムの「ノリ」もある程度決まってきます。
デモ音源では雑に「刻みは全てスネア」だったドラムも、ノリは守りつつ「ハイハット刻み」になったり、自由にフィルを作ってもらったりとドラマーに任せていい感じに仕上げてもらいました。
余白が劇的に曲を魅力的にした
この曲のアレンジ作業で最も化けたのがリードギターです。
化けたもなにも、そもそもデモ音源にリードギターは一切入っていない(つまり作曲者からの指示がない)んですが、さらにスタジオでのアレンジ作業でも特別「こういう風な感じでお願いします」ということを伝えていません。
ただこのギタリストは札幌で最もかっこいいギタリストの一人だと僕が思っている先輩であり、聴いてきた音楽の背景からしても、この曲のことを理解してくれるだろうという信頼がありました。
そんな作曲者の完全な丸投げに見事に応えて、「作曲者の想定(能力)」を遥かに超えるギターフレーズを作ってくれました。
ギターソロについても全く同じことが言えます。「かっこいいギターソロ」。
キーボードも「余白」多め
当時はいなかった「キーボード」のメンバーが今はいるのですが、キーボードを含めた5人編成のデモ音源の場合、キーボードもリードギターと同じように「余白」多めです。
僕自身キーボードがあまり弾けないというのもあるので、「ここはコードで弾いてほしい」「ここはこのピアノのフレーズ」という明確なビジョンがあるときだけ録音するという程度です。
デモ音源をメンバーに送る際に注意も必要
これでデモ音源をどれくらい作り込めばいいのかもなんとなくわかったと思います。
実例を挙げてみると、自分が演奏する楽器以外の楽器を作曲者がどれくらい弾けるか、というのがデモ音源の作り込みにおいてかなり重要なポイントになってくることがわかりますね。
一つの楽器を極めるにしても「2つ目の楽器」の練習をした方が本職楽器もより極められるようになるという話もありますし、複数の楽器を練習することを作曲者にはオススメします*7。
また、デモ音源をメンバーに送る際に気をつけたいこともいくつかあるので、また次回の作曲理論記事で説明しようと思います。
*1:曲全体のアレンジの方向性を伝えるという意味ではあった方がいい。
*2:高額なギャラで雇われたプロのミュージシャンがライブをサポートする場合などは別かもしれませんが…。
*3:そのバランスが難しいんですけどね。
*4:ソロ名義の活動でサポートメンバーに手伝ってもらっているという形ですが、固定メンバーでやっているので関係としてはほぼ普通のバンドメンバーに近いです。
*5:前日とかに送ってもちゃんと覚えてきてくれる敏腕メンバーで助かってます。作曲者は本当はもっと早くデモ音源作って送りましょう。
*6:曲によっては、「曲のテーマとなるギターリフ」や「この展開が変わるタイミングだけこのフレーズ」といったような録音はしているんですが、基本的に僕がデモ音源を作るとリードギターは余白多めになりがちです。
*7:ちなみに僕はベースボーカルのバンドをやりながら、ドラマーとして他のバンドのサポートをやっていたこともあります。その経験はそれ以降の作曲やアレンジにおいてものすごく役に立っています。