映画『海よりもまだ深く』を観ました。
是枝裕和監督作品。
札幌シネマフロンティアにて。
是枝監督は家族を描いた作品をたくさん撮っていますが、母親役を樹木希林が演じ、その息子役を阿部寛が演じるという意味では『歩いても 歩いても』と共通しています。
他にも「家族が実家に帰って過ごす日を描く」という部分など、この2作品は共通する部分がいくつもあり、姉妹のような作品だと監督本人が語っているそうです。
カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にも正式出品され、国内のみならず海外でも評価の高い今作について、ネタバレ少なめ*1で書こうと思います。
人生の真理をつく名ゼリフが満載
「幸せってのは何かを諦めないと手にできないもんなのよ」
予告編で樹木希林が語っているこういった類の人生の真理のような名ゼリフがいくつも登場します。
それが特に物語を説明しすぎているとも、説教くさいとも感じませんでした。
なぜかと考えると、それはきっと阿部寛演じる良多があまりにかっこ悪い大人だからだと思いました。
この映画は樹木希林がいなかったら成立しないくらい、樹木希林という女優*2の凄さを感じる映画で、そんな人生の酸いも甘いも知った樹木希林が名ゼリフをいくつも残しています。
他にも、良多の勤める興信所の上司役のリリー・フランキーもズシッとした名ゼリフを聞かせてくれるし、良太の別れた奥さん役の真木よう子も鋭いセリフを刺してきます。
これらの名ゼリフたちに共通するのは、すべて阿部寛演じる良多に向けられた言葉だということ。
良多があまりにダメで、かっこ悪くて、上手くいかない人生を送っているからこそ、回りの人間が人生の真理を説くんです。
完璧に見える人って、誰も助けてくれないもので、逆にちょっと隙があったりダメだったりする人こそ人に助けられて生きていったりすると思うんですが、良多の場合も、生き方が下手だからこそ、より良く生きるための道標を人生の先輩たちが教えてくれています*3。
日本の文化が詰まっている
特に僕が子どもだった頃、実家だったり、祖母や親戚の家に行った時に目にするような光景・文化がたくさん登場しました。
父が亡くなり、生前お世話になった人たちに送るハガキを母と娘が書くシーンから映画は始まりますし、団地という文化や、実家暮らし特有の生活の息遣いも描いています。
ギャンブルとしての競輪も日本特有のものですし、年間何十回と列島を通過する台風と付き合っていく家族の在り方も日本的です。
こういった描写は、感覚的に日本人以外には伝わらないんじゃないのか?
そんな不安を、カンヌ国際映画祭を始め海外で上映されるであろう是枝作品だからこそ感じたましたが、よく考えれば、それはむしろ逆なのかもしれないと思いました。
日本の映画だからこそ、日本の文化を詰め込んだのだと考えることができます。
映画通の外国人は、登場人物のセリフや態度、物語の流れの文脈から、初めて目にするその日本文化の意味を探し出そうとします。
僕はアメリカの青春映画に登場するプロムのシーンが好きなんです。
プロムというのは、アメリカの高校の卒業時(2年終了時もあるらしいけど)に開かれるダンスパーティーで、男女ペアで出席するルールとなっています。
映画の主役の青年は意中の女子をプロムに誘ったり、誘えなかったり、好きでもない女子と行くはめになったりするんですが、プロムは男女ペアじゃなきゃ出席できないからこそ、そこにドラマが生まれるんです。
しかも高校卒業前最後のパーティーとなると、そのドラマ性はもう想像に難くないでしょう。
僕は日本で生まれて日本で育ったからこそ、プロムの文化を知りませんでした。
映画で知ったし、むしろ映画でしか知らない。
そういった外国の文化を映画の文脈の中で感じて、学んで、そこに生まれるドラマを楽しむことが外国映画の醍醐味の一つと言えると思うのです。
今回のように、日本で生活していないと知らなそうな日本文化が映画にたくさん登場したとき、「外国人に伝わるのかな?」という不安もありましたが、それと同時に、「懐かしいな」「子どもの頃あったなこれ」と言った感情が沸き起こりました。
その感覚も気持ちいいんです。
その国の文化を映画に取り入れることは、知っている人も知らない人も楽しめる要素になるんだなと思いました。
何も起きない。それがいい
是枝監督はおそらくこういった映画をいくつも撮っているんだろうと思うのですが、今作も大きな事件やハプニングは起こりません。
それでも僕は映画終盤、席を立ち上がって「いぇーーー!!」と言いたくなりました。
ずっと続いていた関係が、これからも変わるわけではないのだけど、何か心の中で決心がつく。
映画はその瞬間を、その過程を描いていて、僕はそこにグッときました。
一見何も変わっていないようで、実際何も変わったわけではない。
ただ誰かの心持ちだけが変わるような、そんな映画が僕は好きで、『海よりもまだ深く』はまさにそんな映画でした。
おわりに
キャストがみんな良い演技をしていて、名指しで全員のいいところを挙げていきたいくらいなんですが、その中でも池松壮亮のナチュラルな演技とキャラクター、先輩を慕ってるけど若干舐めてる感じが最高でした。
ハナレグミの主題歌『深呼吸』も、曲としても純粋に良いし、映画ともマッチしていて最高です。
ちなみに『深呼吸』のミュージックビデオは映画のスピンオフ作品になっていて、池松壮亮を主演に据えています*4。
ハナレグミ – 深呼吸 【Music Video Short ver.】 - YouTube
映画館で観るからこその迫力や演出がある作品ではないですが、今また映画館で観たくなっています。
号泣するわけでもないし、ハラハラさせられるわけでもない。
それでもじわじわと浸らせてくれる良い映画でした。