M-1グランプリ2017の決勝大会が12月3日(日)に行われます。
賞レースには、優勝するために一番面白いネタを披露するというシンプルな思考とは別に、出場者それぞれが様々な思惑や戦略を抱えて出場しています。
賞レースに勝つためにやれることや考えることは様々あると思いますが、今日は2014年のTHE MANZAIで見せたトレンディエンジェルの戦い方を紹介します。
トレンディエンジェルが挑んだTHE MANZAI 2014
トレンディエンジェルの漫才は「入れ替え可能な"くだり"」の詰め合わせ
2015年のM-1グランプリで優勝してブレイクしたトレンディエンジェルですが、賞レースの舞台において彼らが世間に与えた衝撃は2014年のTHE MANZAIの方が大きかったのではないでしょうか。
トレンディエンジェルの漫才は、ボケとツッコミで一セットのくだりを細かく矢継ぎ早に繋いでいくスタイル。
彼らの漫才をたくさん観るとわかりますが、彼らのネタはある一つのくだりを別のネタに差し込んだり入れ替えたりしても成立します。
一つのネタに15個のくだりが入っているとしたら、15曲入りのCDアルバムという感じ。
別のアルバム(ネタ)から1曲だけ持ってきてこっちのアルバム(ネタ)に差し込んでも成立するということです。
2つのベストアルバムで予選を勝ち上がった
トレンディエンジェルは「たくさんのくだりによって成立しているため分解可能」という漫才のスタイルと、「吉本の芸人である(事務所の劇場がある)」という2点を活かして究極のネタを作りました。
一年を通して劇場でたくさんのネタを披露し、その中でもウケたくだりだけを集めたベストアルバムを作ったのです。
「Aのネタからウケた3つのくだりを採用、Bのネタからは2つ、Cのネタから3つ、Dのネタから4つ。これらを合わせて12個の面白いくだりのみを集めたEという一つのネタを作った」という感じです。
THE MANZAIの予選では2ネタ披露する必要があったので、彼らはベストアルバム(漫才のベストネタ)を2つ作りました。
その2つのベストネタを持って、予選通過の最下位である11位でギリギリ決勝進出を決めます。
決勝は死のグループB
THE MANZAI決勝のルールは、11組+ワイルドカード(敗者復活)1組の計12組を4組ずつの3グループに分け、1ネタずつ順に披露。
審査員と視聴者の投票で各グループ上位1組が勝ち上がりとなり、最終決戦に進んだ各グループ代表の3組がもう1ネタずつ披露し、優勝が決まります。
トレンディエンジェルはなんとか予選を勝ち上がったものの、決勝で当たったのは死のBグループ。
予選1位の「学天即」、予選2位の「囲碁将棋」、予選3位の「馬鹿よ貴方は」の上位3組と、予選11位のトレンディエンジェルの計4組。
このうち上位1組だけが最終決戦に進むことができます。
ベストオブベストアルバムで奇跡の勝ち上がり
この面子の中を勝ち上がるのは絶望的かと思われたトレンディエンジェルは、Bグループの一番手に登場。
そこで披露したのが「予選で披露した2つのベストネタの中でもウケたくだりだけを抽出したベストオブベストネタ」。
一年間かけて作ったベストネタ2つを、さらに1つにまとめた究極のベストネタを披露したのです。
このネタが爆発的に笑いを生み、死のBグループを余裕で通過。
世間や業界に大きなインパクトを与えました。
審査員を務めた西川きよしにも絶賛されたほどです。
最終決戦では新ネタを披露
一年間かけて作った究極のネタで最終決戦まで駒を進めたトレンディエンジェルですが、優勝をかけてもう1ネタ披露しなければなりません。
そこで披露したのが新ネタ。
賞レースで勝てる最強のネタを作るために、頭を使って冷静に一年間を過ごしてきた彼らが最後に披露したのは新ネタ。
ネタが面白くないということはなかったですが、やはりクオリティ的には1本目に披露したベストオブベストネタに及ばず、結果的には準優勝で終わりました。
トレンディエンジェルの目的は「優勝」ではなかった?
優勝が目的ではなかった?
せっかく二つのベストネタを作って予選を勝ち上がったのに、敢えてそれらを一つのネタにまとめて決勝の1本目に挑んだトレンディエンジェル。
優勝が目的なら二つのベストネタを1本目と2本目にそれぞれ披露すればよかった、とも考えられます。
しかしそれをしなかったのは、彼らの目的が「優勝」ではなかったからかもしれません。
ここからの話は推測の域を出ませんが、彼らは敢えて決勝1本目のネタに全てを賭け、「世間や業界にインパクトを残す」ことを選んだのかもしれません。
M-1グランプリでの2008年のオードリーや、近年では2015年のメイプル超合金、2016年のカミナリなど、「優勝をしなくても世間にインパクトを残すことで売れる」という例は過去に何度もあります。
彼らの目的は「売れること」であり、優勝はそのための手段の一つ。
もちろん優勝ができれば目的は達成されますが、2014年の時点では優勝は難しいと判断し、「売れるための優勝以外の手段」として、1本目にベストオブベストネタを持ってきて「インパクトを残そうとした」のかもしれません。
ゲーム理論的に考える
1.ベストネタ2本で勝負する。インパクトを残すのは難しいが、1本目で勝てれば優勝の可能性が最も高い。
1-1.1本目で負けた上でインパクトを残せなかった場合は目的不達成。出し惜しみしなければ(ベストオブベストネタ1本に賭けていれば)負けたとしてもインパクトは残せたかもしれない。
1-2.1本目で負けた上でもインパクトが残せれば目的達成。どうせ負けるならベストオブベストネタでより強いインパクトを残したかった(そのネタならもしかしたら勝てたかも)、という悔いも少し残るかもしれないが、結果的には目的は一応達成。
1-3.1本目で勝った上でインパクトを残せればその時点で目的達成。優勝の可能性が最も高いパターンだが、予選の結果から見てもこのパターンになる可能性は極めて低い(と本人も自覚してたと思われる)。
1-4.1本目で勝った上でインパクトを残せなければ、2本目で優勝するしか目的達成の方法はない。優勝できたら目的達成。優勝できなかった場合は1本目にベストオブベストネタで「インパクトを残しに行く」という勝負を賭けていたらよかったという悔いも生まれる可能性あり。
2.ベストオブベストネタ1本で1本目に全てを賭ける。最悪1本目で負けたとしてもインパクトさえ残せれば目的は達成。
2-1.1本目で負けた上でインパクトを残せなかった場合は、どの選択をしたところでインパクトを残すことも優勝することもできない。この年は諦めるしかない。
2-2.1本目で負けた上でインパクトを残せた場合は目的達成。2本目の新ネタは披露できないし優勝の可能性もなくなるが、インパクトは残せたのでOK。
2-3.1本目で勝った上でインパクトを残せれば、その時点で目的達成。2本目は新ネタで勝負して優勝できたらラッキー。優勝できなくてもインパクトは残せているのでOK。
2-4.1本目で勝った上でインパクトを残せなければ、新ネタでの優勝に望みを賭ける。優勝できたらインパクトを残せなくても目的は達成。新ネタで優勝ができなかった場合のみ1の選択をした方がよかったかもしれないという可能性が生まれる。
という思考の元、1本目に全てを賭ける選択をしたのかもしれません。
今ある手札で相手に勝てる最善の選択をするゲーム理論のような思考で、プロポーカーやプロゲーマーなどに近い考え方をしていたのかもしれません。
実際は2-2で優勝できなかったがインパクトは残せたパターンになったということです。
インパクトを残して翌年のM-1グランプリで優勝
THE MANZAI 2014で世間に広くインパクトを残したかと問われれば、微妙なところかもしれませんが(汗…)、少なくともテレビやお笑いの業界人やお笑い好きの視聴者には大きなインパクトを与えました。
そういった層の人たちの間で、「トレンディエンジェルは漫才がめちゃくちゃ面白くて実力のあるコンビだ」というのが共通認識となったのです。
その後、トレンディエンジェルは翌年のM-1グランプリ2015での優勝を機にテレビでの活躍の幅を一気に広げることとなりますが、THE MANZAIでのインパクトがM-1グランプリの優勝に少なからず影響していたことは想像に難くありません。
漫才やコントなどのお笑いのネタは「手の内がバレている」というのは評価においてマイナスに働くことが多いですが、「面白いと認められている」ことはプラスに働きます。
M-1グランプリ2017では誰が「インパクト」を残すのか
優勝候補はかまいたち、和牛
優勝の可能性で言えば、キングオブコント2017で優勝した「かまいたち」が最も高いと思われます。
THE MANZAI 2014で認められた後にM-1グランプリ2015で優勝したトレンディエンジェルや、M-1グランプリ2015で準優勝しM-1グランプリ2016で優勝した銀シャリのように、かまいたちも今一番「面白いと認められている」時期にあるため優勝する可能性が高いです。
また、「和牛」もM-1グランプリ2016で準優勝しており、今年こそ優勝じゃないかとの呼び声が高いです。
インパクトを残すのは無名のコンビ
インパクトを残すためには無名であればあるほど有利です。
2014年の時点でトレンディエンジェルが無名だったかというと、エンタの神様などにも出ていたことから個人的にはそうでもないような気がしていましたが、世間的には無名といってもいいのかもしれません。
今年のM-1グランプリでは「さや香」「マヂカルラブリー」「ゆにばーす」がその枠に当たるのではないでしょうか。
「初めて見るネタ」「個性のあるネタ」「飛び抜けているネタ」といった人々に驚きを与える条件と、当日の流れやネタ順、本人がネタを完璧に演じ切れるかといった諸々が絡み合って奇跡のインパクトを生み出す可能性があります。
「敗者復活枠」というのも、それだけでドラマがありますし、無名の芸人が敗者復活から上がってきた時にはインパクトを残す可能性も高まりますね。
それぞれの思惑や戦略、笑いの美学までもが内包されたM-1グランプリ。
今年も楽しみで仕方がありません。