裸眼日記

札幌在住のミュージシャン青柳唯(あおやなぎゆい)が音楽・映画・お笑いなどについて書くブログ(両目1.5)

クリストファー・ノーランは『ダンケルク』にどのように"映画としての面白み”を付与したか

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この記事は長いのであとでまとめて読む(はてな用)

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映画『ダンケルク』を観てきました。

クリストファー・ノーランが、この作品を映画としてどうやって面白くさせたのかについて考えてみました。

戦争映画とエンターテインメント

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戦争映画はエンターテインメントに向いていない

これは個人的な感覚なので、人によっては共感できないかもしれませんが、戦争はエンターテインメント作品の題材には向いていないと僕は思っています。

実話を元にしていない完全に創作されたストーリーは、やり方次第でいくらでもエンターテインメント的に面白くできます。

実話を元にした感動話も、脚色するなどしてエンターテインメントに仕立て上げることができます。

しかし戦争映画は結末を変えることは絶対にできないし、大筋のストーリーの脚色は難しいです。

今作の物語においては個人単位の目線で話が進むので、その規模の中でドラマを盛り込むことももちろんできるのですが、その小さな規模のドラマを囲う大きな枠組みは戦争という大きな負のストーリー

戦争映画で辛さを感じなかったことはないし、それが実際にあったことだと思うとなおさら辛いです。

エンターテインメントなら辛くない話がいいし、もし辛い話であっても作り話であればまだ救いがあります

実話を元にした戦争映画は救いがなく、作品のオチとしてハッピーエンド的に描いたとしても、どこかに犠牲は必ずあります。

クリストファー・ノーランは今までエンターテインメント映画を撮ってきた

クリストファー・ノーランが今まで撮ってきた映画は、映画としてのエンターテインメント的な面白さのある作品でした。

エンターテインメント作品として描かれたバットマンを原作にした作品や、映画のためにクリストファー・ノーラン自身がストーリーを創作したりしてきました。

そんなクリストファー・ノーランが戦争映画をどのように撮るのか、映画を観る前から気になっていたのがそこでした。

クリストファー・ノーランは戦争をテーマにした映画をサスペンスの手法で描いた

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『ダンケルク』はクリストファー・ノーラン監督にとって長編映画10作目。

作品の内容は、第二次世界大戦における「ダンケルクの戦い」を映画化したもの。

端的に言ってしまえば「戦争映画」です。

しかしクリストファー・ノーランは『ダンケルク』を「サスペンス映画」として撮りました

エンターテインメント的に仕立て上げようと思えば、過剰なやり方でドラマの波を作ることもできます。

史実に基づいているので、決められた大筋の流れはあるものの、やりようによってはドラマも作ることはできます。

ダンケルクに残された兵士と残された家族に焦点を当てれば人間ドラマとして感動させることもできたはずです。

しかしクリストファー・ノーランはそういったわかりやすいエンターテインメント性に頼ることなく、過剰な演出をすることもなく、今まで培ってきたそれとは違う「映画を面白く仕立て上げる」テクニックで、戦争映画をサスペンス映画として「面白くみせる」ことに成功しました

ダンケルクはアンサンブル映画

クリストファー・ノーランは『ダンケルク』を「アンサンブル映画」だとも語っています*1

個人を深く掘り下げ観客に共感を促すということはせず、映画の登場人物は皆「その他大勢」のうちの一人として扱う。

クリストファー・ノーランは「ダンケルクの戦場にお客さんを連れていくこと」を映画の目的としていて、それは一般的な映画の「観客が映画を、映画の外から観て楽しむ」こととは全く違います。

観客一人ひとりが「自分は『ダンケルク』の戦場にいるその他大勢のうちの一人である」という錯覚を覚えさせられたのなら、それは映画としての狙いが成功したと言えるでしょう。

乗り捨てられた商船で満ち潮を待つ間、敵兵に見つからないかと待つ時間。聞こえる足音。

そんな環境(あくまで環境であって個人の心境ではない)に心が吊られるような思いになったのなら、それは観客が戦場に連れていかれたということであり、サスペンスを体験しているということです。

クリストファー・ノーランは『ダンケルク』をどうやって"映画的に面白く"させたか

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徹底的なリアル主義

CGを極力使わないことで有名なクリストファー・ノーラン。

今作でも徹底的に現場でのリアルさを求めました

ダンケルクの戦いで実際に飛んでいたイギリス軍の戦闘機「スピットファイア」は実物を使用

ドイツ軍が使用していた戦闘機「メッサーシュミット」は、実物ではないものの、スペインのフランコ政権がメッサーシュミットからのライセンスで生産した「イスパノ」を改造してメッサーシュミットに近づけたとインタビューで語っています*2

ボートは実際に当時ダンケルクへ兵士を救出しに行った実物を使用

撮影は現地ダンケルクの砂浜で行い、当時の駆逐艦も海上に浮かべました。

徹底的なリアル主義で獲得したものは、映像のリアリティと説得力

このリアリティはサスペンス映画として描かれた『ダンケルク』のその戦場へと観客を連れて行く上で、重要な要素となります。

IMAXでの撮影

近年映画界ではデジタルカメラで撮影された映画が増えてきていて、フィルムカメラでの撮影自体が減ってきています

それに伴い映画館における映写システムも、フィルムを使わないデジタルの映写システムに切り替わっている映画館が多いです(デジタルは映写も自動の部分が多いので人件費も抑えられるという映画館側のメリットもある)。

しかしクリストファー・ノーランはフィルムにこだわります

フィルムの中でもIMAXという映写システムでの撮影を好んで行ってきたことでも知られていて、「クリストファー・ノーランがいなければフィルム文化は終わっていた」とも言われるほどです。

IMAXの映像はそのスクリーンの巨大さだけでも他との違いを味わえますし、映像の画質やアスペクト比(縦横比)も他と違います*3

クリストファー・ノーランは2008年公開の『ダークナイト』から、映画の一部分ではありますが、IMAXカメラでの撮影を始めました。

そしてそれ以降監督した全ての映画作品でIMAXでの撮影を続け、今作では本編映像の75%をIMAXフィルムで撮影したそうです。

現場ではできる限り本物を用い、撮影には最高のフィルムカメラを使い映像の美しさとパワーを獲得する。

観客を戦場へと連れていくためのリアリティを求めるクリストファー・ノーランのこだわりが感じられます。

複雑に絡み合う陸海空の異なる時間軸

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クリストファー・ノーランの得意とする複数の時間軸の交差を、今作においても見ることができます。

むしろこの映画をエンターテインメントとして面白く見せるためにクリストファー・ノーランがこの手法を取ったことは必然と言えるのではないでしょうか。

ダンケルクの海岸で助けを待つ兵士たちの1週間、ダンケルクへ救出に向かう民間船の1日、ダンケルクからの撤退を援助する空軍戦闘機の1時間。

この3つの時間軸が細切れに繋ぎ合わされ、それぞれの境遇が時間に追われています。

この時間に追われるサスペンスと、時間軸が交差して集結する伏線回収のカタルシス

緊迫した場面をただ描くだけではなく、3つの視点を設けたこと。

その3つの視点の時間軸の進み方を変えたこと(変わらざるを得ない視点に分けたこととも言える)。

それらを巧みに繋ぎ合わせたこと。

これこそがクリストファー・ノーランの持っている「作品を面白くする技術」の大きな要素ではないでしょうか。

音がストーリーを補完し、映像の意味合いを膨らませる

音楽が観客を煽る

クリストファー・ノーラン作品の音楽といえばハンス・ジマー。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや、『ライオン・キング』など、数えればキリがないほどの映画音楽を作っているハンス・ジマーですが、クリストファー・ノーランとの相性は抜群。

今作もハンス・ジマーの仕事は素晴らしいです。

セリフが少ない今作において、音楽は特に重要な役割を果たしていました。

映画において劇中に流れている音楽は「意識的に聴く」というより「勝手に耳に入ってくる」もの

なんでもないシーンにシリアスな音楽を流せば不吉な予感がしますし、緊迫した場面で感情を煽る音楽を流せば観客の心臓の鼓動はより早まります。

ハンス・ジマーの音楽によって、無意識のうちに勝手に心を誘導されます。

効果音もすごい

銃撃の音を始めとした効果音の重さと迫力が、戦場のリアルさをより強くします。

特にIMAXは、映像だけでなく音にもこだわっているスクリーンです。

ただ大きいだけではなく、レンジの広い音質にリアルさを感じます。

効果音のリアルさが映画への没入感をより高め、自分が今まさにダンケルクにいるかのように錯覚させるほどです。 

ダンケルクはサスペンス映画だった

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上記のように、クリストファー・ノーランは戦争映画を「サスペンス」として描きました。

サスペンスの本来の意味は「吊るす」
ズボンのサスペンダーと同じです。

心が宙吊りになり、はらはらすることがサスペンスです。

数分以内、または数秒以内に何かが起こりそうだが何が起きるかわからない、この僅かな時間の緊張感や不安感。

この心が吊られる状態がサスペンスです。

クリストファー・ノーランは異なる速さで進む時間軸を交差させながら、それぞれの時間軸のサスペンスを描きました。

徹底的なリアリティによって観客は戦場に放り込まれ、目の前で起き続けるサスペンスを嫌が応にも体験させられるのです。

スリルを求める方は是非劇場で、戦場を体験してみてください。